デザイナー小泉智貴の経歴は?

デザイナー

こんにちは「みよし」です。今回は富永愛デビュー時や、レディーガガ来日時、などに着用されていたコスチュームなどのデザインを手がけたデザイナーとして一躍有名になったデザイナー、小泉智貴さんの経歴を取り上げてみます。

 

デザイナー小泉智貴の経歴


小泉智貴さんの経歴など、調べてみると案外出てくることが分かりますが、その中でも特に目を引くのがデザインの道に進もうと決めた辺りの経緯です。千葉大学教育学部美術科に在学中、リーマンショックで社会がダメージを受けているのを目の当たりにして、「大企業で働いてもリスクがあるなら、自分が好きなことをしてリスクを負うほうがいい。」と思い立ったそうです。それでもそこから順風満帆という訳ではなく、なかなか人の求めるものを作ることができずに20代の頃はずいぶん苦しみました。27歳の時、レディーガガが小泉智貴さんのデザインしたドレスを着てくれてそれが転機に。どちらかと言えば、ご存じの方には「トモ・コイズミ」のブランド名としての方が馴染みがあるかと思います。ただ、そうは言っても元々商品を量産することには興味がなかったそうで、値段が自分の届く範囲にあったとしても」中々手に入り辛いようです。逆に言えば手に入れる人は本当に欲しくて長く大事にしているユーザーさんもいらっしゃいます。AMBUSHのデザイナー、YOONさんなど

「まだ持ってる」と小泉智貴さんに伝えていて、本人も喜んでいるそうです。

 

インスタなどの利用に力を入れ、トップスタイリストのケイティ・グランドなどとも縁があり、ここまでに至るまでには草の根的な活動なども地道に続けてきた結果の現在、世界で「トモ・コイズミ」の名が知られているのです。

デザイナー小泉智貴の原点は?

イギリスのファッションデザイナージョンガリアーノのフラメンコの写真に影響を受けて、独学でファッションデザインだけでなく、縫製までを始めました。その当時の年齢はなんと14歳!

こういった行動力というものが若くして世に出てくる人の共通点なのかもしれません。

ジョンガリアーノのデザインには日本にもファンが多く、ご存じの方もいらっしゃると思います。

好きが高じてとはよく言われますが、この思い至ったら形を気にすることなくやれそうなことを、取りあえずやってしまうというのがはじめにあって、それを飽くことなく折れることなく続けていける情熱があればこっこまでの事ができるのかもしれませんね。

 

それではまた別の記事でお会いしましょう。

 

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