皆さんこんにちは「みよし」です。
平野歩夢選手は、2026年2月開催のミラノ・コルティナ冬季オリンピックで2連覇を目指しています。
2022年北京オリンピックで悲願の金メダルを獲得した平野選手は、その後も国際大会で安定した成績を残し続けています。
2024-2025シーズンのワールドカップ開幕戦では優勝を果たし、4大会連続の五輪代表入りをほぼ確実にしました。
この記事では、平野歩夢選手のこれまでの経歴から、北京オリンピックでの金メダル獲得、そして2026年ミラノ・コルティナオリンピックへの展望までを詳しく解説します。
平野歩夢のスノーボード経歴をざっくり解説【まず知りたいポイント】
平野歩夢選手は、日本を代表するスノーボード・ハーフパイプ選手として、オリンピックで3個のメダルを獲得している世界トップクラスの選手です。
平野歩夢はどんなスノーボーダーなのか
平野歩夢選手は1998年11月29日生まれ、新潟県村上市出身で、現在27歳です。
専門種目はハーフパイプで、スノーボードメーカーのバートンとは小学4年生の時からプロ契約を結んでいます。
ハーフパイプとは、半円状のコースを滑りながらジャンプや回転技を繰り返し、その完成度、高さ、難易度を競う競技です。
平野選手の最大の特徴は、圧倒的なエアの高さと、高難度の技を本番で安定して決め切る再現性の高さにあります。
また、2021年東京オリンピックではスケートボード・パーク種目にも出場し、夏冬両方のオリンピックに挑戦した「二刀流」としても注目を集めました。
世界的に注目されるようになったきっかけ
2013年、14歳で出場したX Gamesで史上最年少の銀メダルを獲得し、世界のスノーボード界から注目されるようになりました。
圧倒的なエアの高さとパイプ内での完璧な動きが、海外のトップライダーたちと並んでも引けを取らない実力として評価されました。
その後、全米オープンやワールドカップなどの主要大会でも好成績を残し、若くして世界のトップ選手の仲間入りを果たしました。
スノーボード界での評価と立ち位置
平野選手は冬季オリンピックで3大会連続メダルを獲得しており、日本人スノーボーダーとして初の偉業を成し遂げました。
一時的なブレイクではなく、10代から20代まで長期にわたり世界のトップレベルで結果を残し続けている点が高く評価されています。
北京オリンピックでは、コンテスト史上初となるフロントサイドトリプルコーク1440※を成功させ、ハーフパイプシーンの新時代を切り開きました。
※「フロントサイド(前向き)」のスタンスで「斜め軸」に「縦3回転」、さらに全体で「横4回転(1440度)」を組み合わせた技
平野歩夢のスノーボード経歴|幼少期からトップ選手になるまで
ここからは、平野歩夢選手がどのようにしてスノーボード選手として成長してきたのかを、時系列で見ていきます。
スノーボードを始めた時期と成長環境
平野選手は4歳の時、3歳上の兄・英樹さんの影響でスケートボードとスノーボードを始めました。
父親の平野英功さんが新潟県村上市にスケートパークを開設し、兄弟3人でスノーボードとスケートボードに打ち込める環境を整えました。
幼少期は山形県小国町の横根スキー場や福島県南会津町の会津高原南郷スキー場まで遠征し、基礎的な滑りや空中感覚を徹底的に身につけていきました。
この時期に培った基礎力が、後の高難度技を支える土台となっています。
ジュニア時代から頭角を現した大会実績
2011年と2012年には全米オープンのジュニアジャムで2年連続優勝を果たし、早くから国際舞台で注目される存在になりました。
2013年、14歳で出場したX Gamesでは難易度の高い技を繰り出すトップライダーが並ぶ中、圧倒的なエアの高さで史上最年少の銀メダルを獲得。同年8月にはニュージーランドで行われたワールドカップ開幕戦で優勝し、最年少でTTRワールドスノーボードツアーのハーフパイプ部門年間王者に輝きました。
この時期に国際大会の雰囲気や競技の厳しさに慣れたことが、後のオリンピックでの落ち着いた滑りにつながっています。
世界大会で結果を残すまでの歩み
シニアカテゴリーに本格参戦してからは、X Gamesやワールドカップなどの主要大会で次々と表彰台に上がるようになりました。
2016年にはスイスのLAAXオープンで優勝し、同年初開催されたオスロのX Gamesでも初優勝を飾りました。
トップ選手たちと互角に戦う中で、自身の滑りをさらに磨いていき、世界の舞台で欠かせない存在へと成長していきました。
五輪金メダル獲得までの道のりと現在の活動
平野歩夢選手の経歴を語るうえで欠かせないのが、オリンピックでの活躍です。
3大会連続メダル獲得という偉業を達成するまでの道のりを振り返ります。
オリンピックでの結果と評価
2014年ソチオリンピック(15歳):銀メダル
平野選手は15歳74日でのメダル獲得となり、冬季オリンピックにおける日本人史上最年少記録を樹立しました。
決勝2回目で93.50点をマークし、銀メダルを獲得。
スノーボードにおける最年少のオリンピックメダリストとしてギネス世界記録にも認定されました。
2018年平昌オリンピック(19歳):銀メダル
決勝2回目でダブルコーク1440(上記で解説)をバック・トゥ・バック(連続)で決め、さらにダブルコーク1260(スノーボードやフリースタイルスキーのハーフパイプで行われる縦2回転・横3回転半(1260度)を組み合わせた超大技)も両サイドで成功させるという大技4連発のルーティンを披露しました。
95.25点をマークしてトップに立ちましたが、最終滑走のショーン・ホワイト選手に逆転され、2大会連続の銀メダルとなりました。
2022年北京オリンピック(23歳):金メダル
北京オリンピックでは、コンテスト史上初となるフロントサイドトリプルコーク1440を唯一組み込んだルーティンで金メダルを獲得しました。
決勝2本目で完璧な滑りを見せたものの、採点に疑問が残る結果で2位となりました。
しかし、3本目で96.00点をマークし、見事に逆転優勝を果たしました。
この金メダル獲得により、日本人スノーボード選手として初めて冬季オリンピックで金メダルを獲得し、3大会連続メダルという偉業も達成しました。
金メダル獲得が与えた影響
北京オリンピックでの金メダル獲得により、平野選手は国内外でさらに知名度を高めました。
スノーボード・ハーフパイプという競技自体への注目度も大きく上がり、後進の選手たちにとっての目標的存在となっています。
また、スケートボードとの「二刀流」への挑戦や、その後のスノーボードへの完全復帰というストーリーも、多くのファンや若い選手たちに大きな影響を与えました。
現在の活動と今後への期待
2024-2025シーズン、平野選手は開幕戦で肋骨の怪我を抱えながらも4位につけ、2戦目では優勝。3戦目、4戦目も表彰台に上がる好調ぶりを見せています。
2024年12月15日のイベントでは、「2連覇、金メダルにどれだけとらわれずに、自分の限界を超えていけるか。
超えられたら結果がついてくると信じたい」と2026年ミラノ・コルティナオリンピックへの抱負を語りました。
しかし、課題もあります。
2024年10月、18歳の韓国選手イ・チェウンがフロントサイドトリプルコーク1620(スノーボードの超高難易度トリックで、縦に3回(トリプル)宙返りしながら、横に4回転半(1620度)回転する技)をハーフパイプで世界初成功させ、新時代の到来を予感させています。
平野選手自身も「人間離れした領域まできているのでシンプルにすごい」と認めつつ、自身の進化を続けています。
平野選手は「毎回オリンピックに出るたびに新しいトリックを用意している。
今回も新しいトリックは準備している」と新技投入を示唆しています。
2026年2月のミラノ・コルティナオリンピックで、どのような進化した滑りを見せてくれるのか、大きな期待が集まっています。
まとめ
平野歩夢選手は、日本を代表するスノーボード・ハーフパイプ選手として、長年にわたり世界のトップレベルで活躍してきました。
4歳でスノーボードを始め、小学4年生でプロ契約、14歳でX Games銀メダル、15歳でソチオリンピック銀メダルと、若くして国際舞台で通用する実力を身につけてきました。
ソチ・平昌と2大会連続で銀メダルを獲得した後、2021年東京オリンピックではスケートボードに挑戦する「二刀流」を経験。その挑戦がスノーボードの技術をさらに研ぎ澄ませる結果となり、2022年北京オリンピックでは史上初のフロントサイドトリプルコーク1440を成功させ、悲願の金メダルを獲得しました。
現在27歳となった平野選手は、2026年ミラノ・コルティナオリンピックで2連覇を目指し、新たな技の準備を進めています。
実績と経験を兼ね備えた選手として、今後の大会や次世代への影響にも大きな期待が寄せられています。
今期2026冬季オリンピックではどのような戦いと、技が生まれるのか楽しみですね。
今回の記事は以上となります。
それではまた別の記事でお会いしましょう。
最後までお読みいただきありがとうございました。

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